久保田城 ~日本100名城 -009- ~
久保田城の本丸 表門です。

城内の敷地です。きれいに整備されています。
朝早い時間に撮ったので、朝日が差し込んでいます。

城内にあった、「佐竹 義堯」(さたけ よしたか)の像です。
この方は、久保田藩12代藩主であり、久保田藩の最後の藩主です。

Posted by kamifuji | 2010年2月24日 21:12 | パーマリンク
久保田城 ~日本100名城 -009- ~
秋田県秋田市にあった城郭。
現在は、千秋公園となっている。
関ヶ原の合戦後、移封により、佐竹氏が
久保田藩として、この地を治めていた。
城内にある池を撮影。

久保田城、御隅櫓を撮影。

同じく、久保田城、御隅櫓を撮影。
木々に阻まれて、ちょっと見えづらくなってしまいました。

ちなみに久保田城には天守閣は存在しなかったようです。
Posted by kamifuji | 2010年2月22日 21:10 | パーマリンク
掛川城 その2 ~日本100名城-42-~
冠木門の前に到着。けっこう急な階段でした。
天守は目の前です。
天守からの眺め。山の上にあるため、周りがよく見えます。
天守からの眺め、その2。
目の前に見えている屋敷が、掛川城二の丸御殿です。
国の重要文化財に指定されています。
この御殿は、公的な式典の場所であり、藩主が住んでいた場所でもあり、
藩の政務をつかさどる場所でもあります。
Posted by kamifuji | 2010年1月26日 14:52 | パーマリンク
掛川城 ~日本100名城-42-~
静岡県掛川市にある城。
東海道の重要な拠点とされていた。
掛川の地は、今川家の重臣、朝比奈 泰煕(あさひな やすひろ)が治めていた。
その後、徳川家がその地を統治し、家臣の石川 家成・康通が治めた。
その後、豊臣政権化では、山内 一豊がその地を治めた際に、近代的な城下町として整備され、現在の城の天守閣がつくられたと言われている。
山内 一豊が高知に移封になってからは、徳川家の譜代の大名が治めていくことになった。
なお、この時代の天守は江戸時代に地震で倒壊し、1994年(H6年)に、高知城を参考に、木造での復元がなされた。
橋を渡るころには、天守の姿が見えてきました。手前に見えるのが太鼓櫓(たいこやぐら)で、
奥に見えるのが天守です。
小高い山の上に天守がそびえています。
このように平らな土地にある山の上に城をつくった場合、
「平山城」と呼ばれています。
天守へ登る階段です。
Posted by kamifuji | 2010年1月24日 14:50 | パーマリンク
金沢城 その2 ~日本100名城-35-~
城内は非常に広いです。
鶴の丸休憩所から、橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓を撮影。
左手に見えている木造のものが、鶴の丸休憩所です。
奥にある白い建物群のうち、
手前に見えている白い建物部分が橋爪門続櫓であり、奥に見えている白い建物部分が菱櫓と呼ばれています。
この櫓と櫓を結んでいる部分が、五十間長屋と呼ばれています。
間(けん)とは、昔の長さを表す単位で、1間が約1.82メートルです。
そのため、五十間は、50×1.82=91メートルの長さということです。
現在の表現に直すと、「91メートル長屋」といった感じですね。
菱櫓を撮影。
少し離れた場所から、
橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓を中心に撮影。
Posted by kamifuji | 2010年1月16日 14:56 | パーマリンク
金沢城 その1 ~日本100名城-35-~
石川県金沢市にある金沢城。
戦国時代では、加賀一向一揆によって、本願寺の拠点である「尾山御坊」となっていた場所。
その後、織田信長の家臣、佐久間盛政によって、尾山御坊が落とされると、「金沢城」と名称を変えました。
豊臣政権化では、前田氏がその地を治めました。
徳川政権化においても、加賀藩として、前田氏の統治が続きました。
なお、金沢城の隣には、三名園で有名な「兼六園」があります。
うっそうと茂る緑の中、石垣が静かにたたずんでいます。
右に見えている道を渡ると、石川門という城の入口になります。
石川門は重要文化財に指定されています。
目の前に見えるのが、石川門脇櫓です。
石川門脇櫓のアップです。鉛を使った瓦のため、屋根が白っぽく見えます。
Posted by kamifuji | 2010年1月15日 14:54 | パーマリンク
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
天守へと通じる屋敷の中です。昔の長屋のようなものでしょうか?

天守の目の前まで到着しました。

天守からの景色です。高知の街並が見えます。

Posted by kamifuji | 2010年1月10日 12:22 | パーマリンク
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
高知城の石垣には、「石樋(いしどい)」と呼ばれる板が、石垣から飛び出しています。
この板は、雨が降った際に、石垣に直接雨が当たらないようにするために設けられたものだそうです。雨の多い地域ならではの工夫だそうです。

天守を撮影。江戸時代に造られた現存天守とは思えない、非常に立派な天守です。

天守までもう少しの場所です。目の前の屋敷をくぐった先が、天守の入口です。

Posted by kamifuji | 2010年1月 9日 01:21 | パーマリンク
高知城 ~現存12天守~ ~日本100名城-084-~
高知県高知市にある城郭。
(旧国名:土佐)
築城主は、山内一豊。
山内一豊は、NHKの2006年の大河ドラマ「功名が辻」の主人公でもありました。
水掘、城壁の奥に、天守が姿を表しています。

高知城の追手門(おうてもん)です。追手門とは、城の「正門」を意味し、大手門(おおてもん)と記載されることもあります。
城とは、戦国時代における軍事施設ですから、その正門は防御壁としての役目もありました。
高知城の追手門も非常に堅固な門ですね。

高知城内には、板垣退助の銅像がありました。高知出身の武士であり、明治以後は政治家として活躍した人物です。

Posted by kamifuji | 2010年1月 8日 12:18 | パーマリンク
弘前城 ~現存12天守~ ~日本100名城-004-~
弘前城内の敷地はとても広いです。

東門を撮影。

弘前城から少し離れた箇所に、津軽為信公の銅像を発見。

Posted by kamifuji | 2010年1月 4日 21:07 | パーマリンク
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